アトリエ白美「渡辺肖像画工房」 渡辺晃吉
- 平成15年8月31日(日曜日)
【曇時々雨】
「何をしてるの、もう皆迎えに来てるのに、いつまでも食べてるんじゃありません」
夕食の食卓から追いたてる母の声を背に、仏壇の前に安置された精霊舟を抱えると、近所の友達が待つ玄関へと急いだ。
外はもう青紫の夜の帳の中にあり、こぼれ灯に照らされた仲間達の後ろに深々と広がっている。
「おばさん精霊舟に火を点けて下さい」
「あら、もう点けちゃうの?行くまでにロウソクがなくなっちゃわない?」
「余分に持ってきたから大丈夫です。土橋まではいいんだけど、そこから先は暗いので、足元を照らさないと危ないんです」
皆の精霊舟に火が入り、辺りは橙色に染まり、その光は心の中にまでしみ込んでくる。
表通りに出ると、道はそちこちから精霊流しに出掛ける人達が掲げる光で溢れ、カラコロと鳴る下駄の音が遥か目の届く限りから響いてきて、心はなぜか浮き立つのだった。
本来、精霊流しは盆の行事なのだろうが、夏休み最後の日に子供達に贈る、これは大人達からのプレゼントだった。
元町と呼ばれる九町内の、ほとんどの家の人達が思い思いの道を辿り、渡良瀬川に架る「緑橋」の下に集って来る。
その夜は町のいたる所から光が溢れ出し、その光が幾すじもの流れとなって、やがて広い光の流れに混ざりながら南へと流れ、河原に至ると今度はどこまでも広がっていく。
誰に言われる訳でもないのに、誰一人としてこの場を乱す者などいない。
やがて、人々の手にあった光の舟はひとつまたひとつと川面に置かれ、おびただしい光の帯がどこまでも下流にと続いて、夜は人々の祈りを受けてふくらんでいく。
遠い日の夏の終りの、どこにでもあった風景である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月30日(土曜日)
【曇】
時々こんな事を思う。
ただその場の衝動や反射だけで生き、己の欲望のままに獣にも劣る生を生きる無意味な人生だけは送るまいと。
人生に意味を見出した人は幸せだと思うが、もっと幸せで敬うべきは、己の人生の意味を見出そうと必死で生きる人生を体験している人だろう。
人はこの世に生を受けた以上、その生命は永遠なのだと確信している。
だからこそ、人は己の力の及ぶ限り、より正しく、より善意に満ち、より清く生きるべきなのだろう。
そうでないと、与えられた至上の財産である生命、しかも人としての生命に、自らツバする事になる。
その愚だけは犯すまい。
人間としての誇りと、尊厳ある生命への讃美が、もしも自らの中で色褪せたら、それこそ「死」そのものなのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月27日(水曜日)
【晴】
雨の中を合羽を着て自転車で走るのは実に面白いという話をしたら、聞いていた人が腹を抱えて笑い転げている。
何がそんなにおかしいのかよく分らないのでドギマギしていたら、その人曰く、まるでいたずら盛りの子供のようだと言うのだ。
確かにそうかもしれないが、合羽に当るパラパラという雨音や、直接顔に当る雨粒の感触は、今自分が天と地との間に確かに存在しているという実感を感じる事の出来る、数少ない機会なのだと思う。
道半ば富永公園の塔の下の切通しを抜ける時に、前方から来たご婦人が「おはようございます。大変ですね雨の中を」
「いいえ、これが楽しみなものですから」
「それはようございました。お気を付けて」
心を開き合えれば、人と人はそれ程憎み合い、傷付け合わずにすむのかもしれないのに、現実はあまりにも醜悪なのが哀しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月26日(火曜日)
【晴】
午前中にうさぎ見学のグループが来室したので、これはもしや一匹位は養子に貰ってくれるかと期待したのだが、残念ながら見学だけであった。
狭いケージの中で過すチビ達を少しでも広い所で遊ばせたいのだが、二匹以上を放つと、とうとうケンカをしているので一匹づつしか遊び場に出せず、短時間しか遊ばせてやれないのが可哀想だ。
今日のように暑い日は、かえって涼しい室内で静かにしている方が良いのだろうが、時々声を掛けたり、頭を撫でたりしてやらないと、やはりストレスがたまって物にあたるようである。
特にチビねえちゃんの性格はかなりシャイなのか、とても気難しくて困るのだが、そっと頭を撫でてやるとじっとおとなしくしているので、まんざら馬鹿でもないようだ。
一日も早く養子先が決って、もっと木目細かな扱いを受けられるように、明日もまた朝早くからチビ達の世話をしなければならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月25日(月曜日)
【晴】
朝の事、画室の道を走っていると、前を行く外国人が歩道を逆進して来る自転車にその都度ルールを守るように忠告している様子が目に入った。
注意されているのはほとんど高校生であったが、そのほとんどは無反応でそのまま走り続け、後を振り返ってまるで開き直ったような、人を小馬鹿にした笑みを浮かべ、平然と走り続けている。
集団登下校する生徒や学生は、今や暴徒に等しい存在なのは全国的な傾向なのだろうか。
右側を並列逆進する程度はまだ可愛い方で、一時停止はおろか、信号無視など日常茶飯事である。
しかし、その事で連中を一方的に責める事は出来ないだろう。
おそらく連中も子供の頃は、教えられた通り素直にルールを守っていたのではないだろうか。
それを周囲の馬鹿な大人や親達が、身をもってルール破りを教え込んだ結果、この様な醜態を平然とさらすようになってしまったのではないだろうか。
このままだと、著名な日本の哲学者が、思わず吐き捨てるようにつぶやいた言葉通りの事が起きるのかもしれない。
「このままだと日本の21世紀は知れてるよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月24日(日曜日)
【晴】
今朝は少し遅目の画室到着となったので、チビ達が一斉にエサ箱を口にくわえて振り回し、「腹減った!」とエサの催促を始め、外では大家さんが「何もたもたしてんだよ!」と言わんばかりに庭からこっちを見上げている。
まず大家さんにエサを与え、続いてチビ達のケージの掃除とエサの世話を終え、休む間もなく昨日の個展会場から運んで来た作品の整理と、土間への展示作業に入る。
猛暑の中の力仕事は汗だくになるだけではなくて、どうしても集中力が散漫になり、転倒や器物の破損につながりやすいので、気疲れも加わってかなりハードな作業である。
それでも午後3時頃には何とか形が決り、ホッと一息ついた時にH女史から電話が入り、相談があるので面倒でも立ち寄って欲しいとの事であった。
ともかく早目にお伺いしようと帰り支度もそこそこに帰路につく。
午後4時H女史宅着、午後5時30分帰宅する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月23日(土曜日)
【晴】
午前中、セレモニー会場のイベント協力として開いた個展会場で過したが、僅か3時間弱の時間であったのに、約300名程の人達が入場してくれたのにはかなり驚いた、その上に何と3点もの作品が売れた事にはもっと驚いた。
今回は誰にも事前に知らせず、会場側が折り込んだチラシの中にだけ僅かに掲載しただけなので、この実績には所謂義理や付き合いといったものは一切絡んでいないところに、描き手としての喜びがあるのだと思う。
年内にもう一度個展を開く予定であるが、これは期間が2週間という長さなので、もう少し新作を描きためなければならないのが辛い。
今日、新しいタウンページが届いたので中身を見てみたら、申し込んだ内容の一部が表示漏れになっていた。
最近は各専門分野に関る人達の職業人としてのタガがだいぶ緩んでしまい、子供じみたミスを平気で犯すというのが日常になってしまったようだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月22日(金曜日)
【晴】
画室近くの道の所々には、よく「犬のフンは飼い主が持ち帰って下さい」という看板が目に付くのだが、そのせいか最近ではだいぶ放置されている汚物が少なくなった。
看板は各町内の自治会によって設置されている建前になっている事も、効果的な要因のひとつだろう。
以前、あるお宅では、家の前が周辺の人達の散歩コースになっているせいか、フン害にだいぶ悩まされたので、「犬のフンを掃除して下さい」という立札を出したところ、まるでその事の腹いせかのように、わざわざ立札の前に毎日汚物を放置されたそうである。
たまりかねたその人は、張り込みの未犯人の家をつきとめると、放置される毎に、黙ってそのフンを犯人の家の前に持って行き、置いて来るという手段で、その悪質な行為を撃退したという。
そんな愚劣な行いをする人間は、さぞかし悪人面をした奴かと思ったら、何と頭の先から足の先まで、きちんときめた若い女性であったそうである。
いくら外見が良くても、心は放置された犬のフン並の、悪臭を放つ汚物という事か。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月21日(木曜日)
【晴】
23日の個展を控え、今日は終日その準備に追われた。
出品作品をサイズごとにまとめ、運び出せるように荷造りするのだが、これが結構重く大変な作業なのだ。
折も折、今日は夏らしい夏となったので、汗が滴り落ちて実に動きにくいのだ。
それでも午後3時少し前には何とか全てを終える事が出来たので、ホッと一安心。
搬入と展示は早ければ明日の朝からとなる予定であるが、約60点の展示は、一人や二人の仕事としては、かなりのものだろう。
今回は淡彩画と墨彩画という比較的軽めの作品でまとめ、肩のこらない雰囲気を作りたいと思う。
これまでのネットオークションへの出品による作品発表に加えて、機会ある毎にささやかな個展を開く事で、地元の人達に親しんでもらいたいと思っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月20日(水曜日)
【曇】
「あ〃早く梅雨が明けねえかな」
すれ違った小学生グループが、やぶれかぶれの冗談を言いながら、野球のためかユニフォーム姿で自転車のペダルをだらだらと踏みながら、どこかの広場に向けて遠ざかって行く。
思わず一人笑いをしてしまったが、なるほどそんな冗談も飛び出してくる程、連日の雨模様である。
画室への道は大沼田の谷に入るとどこにいても、折からの雨を集めて勢いよく流れる水音が聞えてくる。
地区の集会場の周囲にいつもいた野良猫達の姿が、ここ数日見当らないのはなぜだろう。
結構強い雨の時も入口の深い軒下にじっとうずくまり、時折辺りに視線を漂わせながら居すわっていたものだが、いったいどこに消えたのだろうか。
それにひきかえ、大家さんは画室を開けると直ぐに上り込んでくるのには本当に感心する。
今日はほとんど一日中、画室から離れなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月19日(火曜日)
【曇時々雨】
夏が来ない内に夏が過ぎようとしている。
それでも肌寒い大気を震わせて、セミ達が懸命に鳴いているのがせめてもの夏の風情である。
午後に阿部氏来室する。
しばらく振りの来室であるが、先日メールを頂いたままなので、その事を詫びると共に礼を述べる。
現在個展出品作は全部で54点程だが、5点分の額がまだ届かないのが少し心配である。
22日までに届けば何とか間に合うが、とにかく今の世の中、それぞれの専門分野に関る人々の仕事への責任感や義務感といったものが日に日に薄れてきて、まるでタガの緩んだ樽のようになってしまっているので、業者がきちんと約束を守ってくれる保障などどこにもない。
結局は信じて待つしかないのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月17日(日曜日)
【雨】
画室に着いて間もなく、また雨となった。
チビ達を外で遊ばせようと思ったが、この天気では無理。
ケージを掃除しエサと水を与え、個展作品の額装を今日中に終らせる予定で仕事を始める。
全部で50点余と、たいした数ではないのだが、始めるとこれが結構大仕事となった。
朝食はおろか昼食も摂らずに頑張り、午後2時半過ぎに何とか一段落する。
夕方近くH氏来室。
家内も来ていたので、H氏の相手を任せ、残った仕事を片付けると、雨足が更に強くなった。
画室を抜ける微風が肌寒い程の日だが、まだ8月も半ばだというのに全く変な天候だ。
夏が過ぎる前にせめて数日は暑い日がないと、すごく損をしたような気がする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月16日(土曜日)
【雨】
帰り路の事、画室を出て直ぐの道端を見ると、送り盆のナスの牛が何頭か背に蓮の花を差して畑の方を向いて置かれていた。
折からの雨に濡れ光る姿は、ドキッとする程の優しさを秘めて美しく、そして哀しい佇まいであった。
盂蘭盆会は、元来仏教行事ではなく、拝火教の宗教儀式であったと聞いた事がある。
遥か遠くペルシャの宗教が、シルクロードを旅して中国長安に至り、やがて海を越えて日本に齎されたのだろうか。
もしかしたら遥か昔に、遥々と海を渡って遠くペルシャの都から、異国の人々が直接我が国にゾロアスタ教を伝えたのかもしれない。
それがいつの間にか同じ外来の仏教の中に取り込まれて、今日のような形式になったのだろうか。
ナスの牛の光る背を眺めながら、ふとそんな事を思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月15日(金曜日)
【雨】
58回目の終戦記念日を迎え、全国各地では様々の記念行事が行われるのだろう。
昭和20年以来、日本の夏はまさに鎮魂の季節となった。
旧来からの盆の月でもある8月に終戦という歴史的な出来事が重なったのは、偶然といえどもあまりに意味深い。
この日を挟み、郷里を離れて暮す多くの人達は帰省する。
その人達の全てが祖先の霊前に額ずく訳ではないにしても、やはり普段の休日とは少し違う、ある種の神聖な香りを肌で感じる人は少なくないだろう。
日本人にとり8月は「死者の月」なのかもしれない。
因みに欧米のカトリック国では、今日8月15日は聖母マリアの被昇天の大祝日に当るという。
そして11月が死者に想いをはせる神聖な月なのだと聞いているが、いつの時代になっても、人類がこの美しく優しい心を失わずにいたいものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月14日(木曜日)
【雨】
今日は朝から雨が降り続いているため、肌寒い程の天候なのが何よりである。
いつものようにチビ達の世話をした後、実家と姉の家に盆参りに出掛ける。
実家に着く頃には少し小止みになると思っていた雨も、かえって激しさを増してきたようだ。
仏壇にお参りした後、義姉の心づくしのコーヒーを頂きしばらく雑談。
明日は東京の姉夫婦がやって来る予定になっており、もう一度実家に顔を出さなければならないので、少し早目に辞去して次の訪問先に向う。
午後3時30分頃帰宅、かなり濡れたようだが、かえって快いのはやはり夏なのだ。
家のチビ達もすごしやすいのか、のんびりと寛いでいる様子であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月13日(水曜日)
【曇】
運動不足に加えて筋力以上の体重と加齢による反射速度の鈍化といった悪条件を抱えたドライバーが、時速30km以上で車を走らせている危険性を考えると、事故の無い運転など夢のまた夢だろう。
加えて遵法精神の低下を始めとするモラルの著しい低下は、交通事故に限らず多くの反社会性を生み出す要因のひとつとなっていると聞く。
なるほど、自分自身を振り返ってみても、自らの足で時速30km以上の速度で何kmも走れる訳がないのに、いったん車のハンドルを握ると30kmはおろか、時速60km以上で走る事も珍しくない。
事故が起きないのはたまたまである事と、誰かの犠牲的精神によってであるのかもしれない。
もはや今の社会は車無しでは一日として機能しない程、その依存性は極めて高いという現実がある以上、一人一人の自覚を促す以外に無事故への道は無い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月12日(火曜日)
【雨のち曇】
親子程年の離れている長兄は、広島のあの日に居合せ、被爆直後の市内に救援隊員として入った。
そこで目にした信じられない光景は、長兄のその後の人生にとてつもない影響を与えたと聞く。
人間が人間に対してなし得る悪行非道には、およそ際限がない事の証明がその時の長兄の眼前に広がっていた。
長兄は志願で軍隊に入隊した位だから、その思想は当時の日本人の典型であったはずなのに、その日の体験を境に全く逆転したそうである。
多くのおぞましい体験の中で、今でもどうしても忘れる事の出来ないのは、全身火傷に苦しんでいる小さな女の子が「おじさん水を下さい」と懇願するのを「今水を飲むと死んじゃうから、もう少し我慢しようね」と拒んだ事だという。
どうせ助からないものなら、なぜあの時に飲ませてやらなかったのだろうと、何度も何度も悔み続けて、時折夜中に目覚めるのだという。
その女の子は、長兄の見守る中、静かに息を引き取ったそうである。
今年も8月が訪れた。
戦争が終り、すでに60年近い年月が過ぎたが、その傷跡は未だ完全には癒されていない。
人類の歴史の中で、この日より以降、永久に戦争がなくなるという項目が記される日が来る事を祈りたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月11日(月曜日)
【晴】
今朝は出掛けに銀行へ立ち寄る都合で、画室に着く時間が大幅に遅れる事になった。
チビ共がさぞ腹を空かせているかと思うと、気が急いてならなかったので、ケージの汚れはそのままに、まずエサを与えたところ、皆貪るように食べていた。
辛抱強く待っていた大家さんには、昨日の菜飯の残りと缶詰を与えると、夢中で食っていた。
チビ共は自分達の面倒をみてくれる人間をいったいどんな風に認識しているのだろうか。
クロタンとチッピ、そしてチビクロにいちゃんはとても人懐こく、中でもチビクロにいちゃんは明かに撫でられたがっているというのに、チビねえちゃんと歯ムキにいちゃん、鼻白にいちゃんの三匹は、いまいち親しみが薄いようだ。
それでも全くの他人とは明かに違った反応を示すところをみると、多分少しは親近感を持っているのだろう。
画室近くの打ち捨てられたぶどう畑では、今エメラルド色の房がたわわに実っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月10日(日曜日)
【晴】
午前7時少し前に画室に着くと、チビ達のケージを掃除してエサを与え、直ぐに草刈に取り掛る。
今日は本家の草刈を請負っていた人が早目に一段落するので、そのあと手を貸してくれるという。
勿論有料で日当は8,000円なのだそうだが、その仕事ぶりを見るとそれだけの事はあると痛感した。
草刈の他に母屋の玄関前のツゲの木にハサミを入れる仕事も頼まれたらしい。
午後になって再び画室の方に手を貸してもらったが、とにかく速いし手際の良さは見事の一言に尽きる。
その上恐るべき体力である。
こっちはフラフラとやっと立っている有様なのに、涼しそうな顔で鎌を使っているのには、ただただ脱帽である。
午後4時30分、予定の仕事が全て終り、最後の草の山を片付けた時にはもう精も根も尽き果てた感じ。
それでも何とか家に辿り着き、とにかく風呂に入って汗を流すと、芯からホッとした思いであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月9日(土曜日)
【雨】
朝から激しい風雨の一日となったが、思い切って伸びきった草を刈る事にした。
毎年お盆前にはきれいに草を刈る事にしているために、そろそろ始めないと間に合わなくなりそう。
炎天下の草刈よりずっと楽かと思って作業を開始したが、とんでもない思い違いであったのを直ぐに悟らされる事になった。
普通の雨なら確かに涼しくていいのかもしれないが、強い風にあおられながら大雨に打たれていると、かなり体力が消耗する。
それでも小休止しながら何とか予定の半分をこなしたところでギブアップ。
精も根も尽き果てて着ている物を脱ぎ、体を拭き終ったところで時計を見ると、午後5時を少しまわっていたので、後は明日の事にして帰り支度を始める。
合羽を着て自転車に乗ると、運良く風は追い風。
背中を押されながらの帰り路となった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月8日(金曜日)
【曇時々晴、午後雷雨】
画室から本街道までの約200mは、かなりの下り坂なので、自転車は風を切って走り、気をつけないと危険である。
帰路、その坂の途中で追い越していった若い女性の車が、角の亀山商店の周りにうろついている野良猫の一匹を危うく轢きそうになり、ヒヤッとした。
当の野良もビックリしたのか、反対側の集会場の生垣の下で震えていた。
少し可哀想になったので自転車を降りて野良の傍にしゃがみ込み、
「道に飛び出すと車に轢かれちゃうんだからダメだよ。轢かれると死んじゃうんだよ」と言い聞かせると、小さくニャーンと鳴いた。
まだ子供の野良だった。
本街道を渡り少し行くと、道の真中辺りに長さ30cm位の、この辺ではウタウタミミズと呼んでいる大ミミズがノタノタと這っていた。
こいつ無事に向う側まで渡れるだろうか。
この辺はカラスも多いし、その前に車に轢かれるのでは。
そんな事を考えながらふと空を見上げると、さっきまで大雨を降らして暴れまくっていた雲の大群が、黒々とした底を見せながらゆっくりと南下していくのが目に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月7日(木曜日)
【曇時々晴】
午前中に個展会場の下見に行く。
その足で電動刈払機の修理を頼みに佐野のホームセンターに向う。
帰路、車窓から望む足尾山系は全てもやの中に霞んでいる。
物凄い湿気が日本全土を覆っているかと思える程のじめじめ感である。
午後4時30分、描きかけの作品のモチーフを再確認のため、少し早目に画室を閉めて県境の高松町に向う。
ひどい蒸し暑さの中を自転車で約一時間程走り、県境に着くと橋を渡って群馬県に入り、北を向いて風景の細部をチェックする。
道の両側に群生していたひまわりは、もう刈り取られて一本も無く、空もぼんやりと曇って作品のような青空ではないが、ここが国境かと思うと何か特別なものがあるようで興味深い。
ここから家までは約20km、どう急いでも一時間半位はかかるだろう。
焦らずにゆっくりと走り、交通事故にまき込まれないようにしよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月6日(水曜日)
【晴】
今日、画室の冷蔵庫を6年振りに動かした。
母屋に凄い量の野菜の差し入れがあり、冷蔵庫が満杯になってしまったので、どうしても画室の冷蔵庫を動かしてもらいたいのだそうだ。
えらく大きな冷蔵庫で、画室では全く必要ないのだが、これからは氷を作ったり、冷たい飲物も用意できるだろう。
ただ心配なのは、夜は無人になるので、火災のおそれがないかなのだ。
何しろ漏電防止機が付いているとはいえ、配線もだいぶ古い。
とりこし苦労かもしれないが、やはり気になる。
とにかく何日間か動かしてみて異常がなければ多分大丈夫だろう。
画室を閉める時、チビ達のためにクーラーをドライにしてタイマーを5時間でセットした。
どうか何事もありませんように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月5日(火曜日)
【晴、午後にわか雨】
午前8時7分の東武伊勢崎線で東京に向う。
上野の森美術館の「日本の自然を描く展」の授賞式出席のためである。
午前10時の開館と同時に入場し、ゆっくり入選作品を観賞、午前11時少し過ぎに板橋の姉夫婦達と落ち合って昼食を共にする。
午後1時授賞式、続いてのパーティーに出席し帰路につく。
地下鉄銀座線で浅草に、そして東武線で帰るのだが、時にはふらっと浅草の仲見世などを見て歩きたいと思いながらも、結局は寸暇を惜しんで帰りを急いでしまうのだ。
今回の公募展への応募件数は約6,000点、入選は入賞作198点を含め約3,100点であるという。
来年はもう少しゆとりを持って準備しよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月4日(月曜日)
【晴】
画室に着くまでに全身は汗みどろ、よくもこんなに水分が出てくるものかとほとほと感心する。
チビ達のケージを掃除してエサを与える作業に約二時間を要するので、着替えはその後にするつもりでいたが、結局そのまま仕事に入ってしまう。
とにかく着替えても直ぐにグショグショになるから、どうしようもないのだ。
午後、チビ達が可哀想なのでクーラーを入れた。
エアコンではなくクーラーである。
たちまち部屋は涼しくなり、チビ達は水を飲んだりエサを食べたりと少し元気が出てきたようだ。
だが、明日の朝まで画室は無人となる。
その間にさぞ暑かろうと思うと、気になって仕方がないし、明日は朝から東京に行かねばならず、余計に心配になる。
あんまり暑い日が続くようなら一度家に連れ帰ろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月2日(土曜日)
【晴】
画室の近くに、打ち捨てられた小さなぶどう畑がある。
小さいといっても、優に一反分程はあるだろうか。
伸び放題のツルに混じって、名も知らぬツル草も絡みついて、それは野性的な雰囲気である。
棚の下も雑草が伸びて、足を踏み入れる事もためらう程であるが、青々と豊かな実がたわわに実り、神話の世界のような雰囲気が辺りに漂っている。
しばらく立ち止り、その景色に魅入っていると、微かに草を分ける音がする。
野良猫か何かがぶどう棚の下を歩いているのかとそちらに目をやると、何と2mはあろうかと思われる一匹の青大将が、ゆっくりと草の上を滑っていき、一本のぶどうの幹にとりついて上に上って行った。
世の中に蛇くらい嫌いな物はないはずなのに、この時は何か神聖なものに触れたような不思議な気持ちで、その姿が視界から消えるまでずっと追っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成15年8月1日(金曜日)
【晴】
「ねえ先生、アホの三大流行って知ってます?」
ご近所の方が少しごきげんな様子でふらっと立ち寄り、突然こんな話を始めた。
「いいや、初めて聞きましたが」
「それはね、まず車に乗っていてね、暗くなってもライトを点けない、次にね、赤信号でも止らないし、一時停止も止らない、3つ目はね、曲る時にウインカーを点けない、この3つなんですって」
「あ〃、その事なら以前に私もホームページに載せた事がありますよ。でもそれって全国的なんですか?」
「どうもそうらしいですよ。それもね、何も若い奴らだけじゃなくて、いい年した大人も馬鹿丸出しのいい恥さらしてるみたいですよ」
「今の基準がアホのものさしなら、決して少ない人数じゃないようですね」
「勿論ですよ。先生の前ですけんども、日本はもうダメですね。バカとアホと下司ばっかり。ジジイもババアもやりたい放題のデタラメ人生だもの、若い者やガキ共が腐っていくのは当り前ですよ」
いやはや、酒の上とはいえ、かなり辛辣な社会批判ではある。
■アトリエ雑記は平成12年12月15日からスタートしました。
作家と工房のご紹介 ⇒ 肖像画の種類と納期 ⇒ サイズと価格 ⇒ ご注文の手順 ⇒ Gallery ⇒ 訪問販売法に基づく表示
| What's New | Photo | アトリエ雑記 | Links | BBS |
| ご注文フォーム | お問い合わせフォーム | ネットオークションのご案内 | サイトマップ |